2006年08月06日

日本刀の将来 前編

日本刀の将来についての一考  前編

日本刀は数々の変遷を経て、現代に継承されてきました。
日本刀は戦争と平和とで、需要と供給が大きく異なってきます。
その証拠に室町時代末期に製作された日本刀が、現在でも多量に現存されております。戦国時代膨大な需要があったからです。

その後、刀狩が行われ、数多くの刀剣が一部廃棄されたと考えます。
江戸時代になると、平和な時代へと移行し、特に元禄時代は刀の需要は激減してゆきます。
幕末の風雲急を告げる時代では、日本刀の需要は盛り返しますが、明治になると一転、廃刀令が敷かれ日本刀は激減し、又製作者である刀工は廃業の憂き目に遭いました。 

明治の半ばになりますと富国強兵の時代となり、数多くの刀工が活躍しはじめ、その動きは大正へ、
更に昭和に入り戦前、戦時中は数多くの刀工が日本各地で活躍し、名の知られない刀工までが日本刀の製作を行いました。
しかし戦争に敗れた日本は、武装解除となり、一説によれば50万振りとも100万振りともいわれる日本刀が海外もちさられる事となりました。

戦後、日本刀の業者が、海外で保有されていた日本刀の輸入を初め、私もその一人ですが買い戻しを行いました。
今でも鮮明に覚えておりますが、アメリカの業者の自宅を訪れた時、ビリヤードの台に山と詰まれた日本刀がありました。
彼は全米で日本から持ち去られた日本刀を自家用機で買い付け、私達日本人に売却していたのです。

その内に米国でもヨーロッパでも愛刀家や収集家が育ち始め、各地で交換会が行われ、
より質の高い日本刀の収集がはじまりました。 
米国では故コンプトン博士は、特に著名な収集家で日本に無償で国宝を返還した事で知られております。
コンプトンコレクションがそれです。

最近は海外に多くの収集家がおり、良質な日本刀を求めて来日し、購入していくようになりました。
インターネットにより、業者を経ないで、収集家自らが販売するようになった事もあり、米国内で急激に品物の不足がでてきました。
日本刀に対する目利きが増えた事も一因でしょう。
この傾向は一層高まっていくに違いありません。 →後半へ続きます
posted by 日本刀と刀装具の葵美術 at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本刀講座 from社長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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