2006年11月20日

苛めの問題に関して

苛めの問題に関して。

昨今苛めによる大変悲しむべき事件が多発し、
子供達が厳しい環境にされれている実態に深刻な衝撃を禁じ得ません。
理由と解決策について考えてみたいと思います。
社会や学校そして生活する環境が大きく変貌をきたしている状況を
把握しなければなりません。

1:子供達が自然との係りあいが極めて希薄となり
私達が子供時代に近所の川でザリガニや小魚を
捕って遊んだ子供同士の遊びがなくなりゲームや塾通いの生活が主体となっている。

2:両親は共働きとなり子供達との接点がすくなく
充分な愛情を注ぐ事が出来なくなり目が行き届かなくなってきている。

3:学校では先生方の資質の問題が沸き起っている。
私達が卒業する際歌われたあの歌
仰げば尊とし我師の恩…………..と歌われた先生方の姿に
歌詞を吟味され現在の先生方に自信を持って
自身がそれに値するのか自問自答して頂きたい。
私は66歳になりますが当時東中野にあった
塔の山小学校に在学中の先生であられた国元泰春先生が
私達の担任でした。勉強したというより冬は
雪合戦をしたり楽しく遊んだという印象が強かった
のですが正に仰げば尊とし我師の恩と今でも
懐かしく思い出される唯一の先生でした。
子供達を分け隔てなく一杯の愛情で私達子供を包んで頂きました。

4:文部省が言うゆとり教育は実はゆとりを無くし
きゅうきゅうとした状況を作り出し受験戦争へと駆り出している。
残念なのはたとえ有名大学を卒業しても使い物にならない
学識しかない。又感性を養う教育を省いている感じがいたします。
例えば習字の時間(現在はあるかどうか不明ですが)
墨汁を使用して綺麗な半紙に多量に文字を書かせる方法が採られている。
一方私達の子供時代は墨を擦り適度な色合いにしてから
筆に染み込ませまず新聞紙に文字を書かせ最後に
綺麗な半紙に清書を行う方法が採られてきました
綺麗な半紙に向かう時胸の高まりが聞こえるような緊張感を感じたものです。
すなわち文部省を含め私達は物を大切にする極めて
重要な教育の原点を忘れてきてしまっているのではないでしょうか。

解決策

1:子供達には保育園から良いことと悪い事のけじめを
しっかりと教え教育の徹底を図る必要があります。
すなわち強い者が弱い者に対してましてや数人で
弱い者を痛めつける事は卑怯者のする事であり人間の腐った者、
唾棄すべき事であり最低の人間で後ろ指を指される人間の屑である
と常に言い続けるならば自然のこの事が徹底されると思う。
真に人生にとって大切な事は困った者に対して手を差し伸べる
勇気が最も大切であると常に言い続けていかなければならないと考えます。

2:日本は戦後考えられない経済成長を遂げましたが
私達日本人は根無し草の如くで日本人としての誇りや
自身が欠如しております。戦中日本人は戦争で硫黄島玉砕、
サイパン玉砕特攻隊で敵船舶に体当たりを決行し
全日本人が玉砕を覚悟しましたがマッカーサーが
厚木の基地に降り立った時占領軍が極度の緊張と
多大なる犠牲を覚悟したといわれております。
しかし占領と共に日本人は態度を豹変し昨日の敵は
真の友人として180度変わってしまったのです。
この変わり身の早さは驚くべき事で米国という
ご主人様に忠実に仕える家来となってしまったのです。
それと同時に日本人は誇りも自信も喪失したと考えるのです。

3:私は日本には武士道があり西欧には騎士道があります。
当然武士道には実際はかなり想像とは大きく異なる部分はあるでしょう。
しかし日本人が誇りを持ち価値観を武士道と見立て
根の張った精神構造を醸成する必要があるのではないでしょうか?
私達大人の責務は子供達をしっかりとした強い責任感をもった
人間に育成する責務があります。 
武士道というと右翼と結びつける人達がありますが
武士道とはかくあるべきだという理想像を求める必要があるのです。
武士にとって弱い者を痛めつける事はいかに
軽蔑されるのか、男子が女子を苛めたり弱い者を
寄ってたかり苛めぬく事は唾棄すべき耳の赤くなる
行為であると教育する必要があるのです。
又苛めた者は苛められた者の苦痛は直ぐに忘れますが
苛められた者は一生苛めた者を忘れ去る事はありません。
もし全ての日本人が共有の価値観を保持すれば
仮に苛めがおきて大人が注意をおこなえば心から反省するでしょう。
しかし、現在は神妙に反省した振りをするだけで
ほとぼりが冷めれば再度、更に陰湿となった苛めがおこなわれるのです。
なんせ怒られ注意された意味が分かっていないのですから
  
4:日本の成人式は20歳となっておりますが
至急15歳に変更すべきです。15歳になった時、
彼らにしっかりとした成人としての認識や
誇りを与える必要があるのです。20歳で成人式とは
真に不可思議な現象です。成人式に和服を着ておしゃれをする国民の
節操のない姿は醜いといってもよいでしょう。
もっと精神的な意味合いを彼らに説くという
重要な役割が大人にはあるのです。20歳では遅すぎます。

5:繰り返しになりますが、私達大人は子供達同士で遊ばせ
自然に接する機会を与え精神的に強い子供達を育成する必要があります。
例えばボーイスカウトそのほか子供達を対象にした団体の育成が大切で
ファミコンや画像で一人で遊ぶ現在の子供達を極力外に出す
運動が必要である。

6:日本人は良くも悪くも変わり身の早さがあります。
先日高尾山に登りました時沢山のハイカーが頂上で食事を摂っておりました。
頂上は遊園地並でしたが、驚いたのは食事中塵が一切出されない事でした。
塵の持ち帰り運動が徹底していたと考えるのです。
このように車の駐車禁止も同様でほとんど混乱なく実行されております。

私達大人は子供達を大切に厳しく又愛情を持って教育し
見守っていく必要を痛感するのです。先生方も多忙で大変であると思います。
しかし、どの職業に就きましても同様な厳しさが存在します。
教師という素晴らしいお仕事に就かれております皆様方は
子供達が大きく育ち、死に至る迄先生の一言一言を思い出し
懐かしんでいる事実を真摯にお考え頂き
仰げば尊し我師の恩……と慕われる先生になって頂きたいと願っております。
家庭の親や大人達は子供達をもっと逞しく育てる為に
先生方に協力する必要があります。
子供達はその姿を見て敏感に行動するのです。
親達は子供達が眠る時本を読んだり、話を聞いたり子守唄を歌って
一緒に寝たりして、愛情一杯子供達に注いで頂きたいと思うのです。
posted by 日本刀と刀装具の葵美術 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 社長の小言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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